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一九六九年七月二〇日、月面に着陸したアポロ一一号によって、人類は初めて別の天体から地球を眺めることができた。
だが、地球は長年にわたる人類の酷使によって、あちこちで傷が口をあけ、ほころびが広がっていた。
そしてそれを象徴するように、この年、米国の西海岸で始まった環境保護運動は、やがて全世界を巻き込む大きな運動へと発展していった。
急速に芽生えてきた地球環境への関心は、七二年にストックホルムで開かれた国連人間環境会議によっていっそうたかまった。
だが、会議で関心を集めたのは、主として水や大気の汚染とその健康被害、有害廃棄物といった先進国の抱える公害問題だった。
発展途上国の間では「公害は経済発展のあかし」といった羨望にも似た空気が支配的だった。
その後、二度にわたる石油危機、さらに先進国ではまがりなりにも汚染対策が進んできたことも加わって、公害への危機感は急速に薄れていった。
ところが、地球の傷は思いもかけなかった所に広がっていたのである。
七〇年代も後半に入って、人工衛星による地表探査や援助に伴う現地調査などが進み、地球環境の情報が集まるにつれて、破局的な自然破壊が発展途上国で広く深く進行している実態が次第に明らかになってきた。
急激な緑の破壊とともに生態系が寸断され、水中他の物質をたゆまず循環させ大地を安定させる自然の機能が、各地で崩壊していたのだ。
一九八七年、ついに五〇億人を突破した世界人口の重みは、その四分の三を占める発展途上国に大きくのしかかっている。
アフリカ、インド亜大陸、東南アジア、中南米では、局地的に過重な人ロを養うために耕地を無理に拡大し、あるいは酷使し、放牧地の許容頭数以上の家畜を飼う結果、想像をはるかに上回る速度で自然環境が悪化している。
最終的には、土地が荒廃して、飢餓や災害規模の拡大という形で地域住民にはね返ってくる。
近年繰り返しアフリカ大陸を襲っている飢饉も、毎年のようにインド亜大陸から伝えられる洪水と干ばつのニュースも、南米のアンデス地域で日常的になった地滑りも、地球の傷やほころびの具体的な姿に他ならない。
同時に、汚染物質の測定技術や観測網の進展に伴って、人工物質による化学汚染や重金属汚染は、地球のすみずみにまで及んでいることが暴き出された。
先進国が、豊かで便利な生活を維持するために浪費した資源、氾濫させた合成物質が、汚染物質に姿を変えてあふれ出してきたのだ。
今や北極のシロクマでさえ高濃度のPCBで汚染され、南極のペンギンからもDDTが検出される。
深海底はストロンチウム90、成層圏はフロンガスで汚染されている。
汚染源とは無縁の辺地に住む人々でさえ、本来のレベルをはるかに超えた水銀、鉛、カドミウムなどの重金属や放射性物質を体内に蓄積している。
欧州や北米から世界に広がり始めた森林の大量枯死は、大気中に放出された汚染物質が酸性雨となって降り注いでいるのが主な原因であり、ガンやアレルギーの患者などが不気味に増えているのも「地球汚染」が大きく影を落としている。
自然破壊と環境汚染という二重の責め苦にあって、地球はこれまで考えもしなかった気象破壊へと進み始めた。
すでに地域的な雨量の激減などの局地気象の異常は、各地で表面化している。
二酸化炭素の増加による地球の温暖化、フロンガスの増大によるオゾン層の破壊など、人間の手がこの惑星全体に及んできた。
私はこの十数年間、八〇を超える国々を歩き回って、人間と自然の関わりを目の当たりにしてきた。
そして、いたる所で「生態系の崩壊地」に出会った。
再び訪れたときに、あまりの破壊の進行に息を呑んだことも数知れない。
その都度「核戦争がなければ、人類を滅ぼすのは生息環境の破壊ではないか」という警句を思い出した。
広域自然破壊も、地球汚染も、これだけ加速してきたのは、せいぜい過去三〇年ほどのことに過ぎない。
人類四〇〇万年の歴史で、瞬間にも満たないこの一世代の間に、自分たちの生息環境を危機的な状況まで悪化させてしまったのである。
人類は、この地球をどうするつもりなのだろうか。
この地球には、これからも何百万年、何千万年と私たちの子孫は生き続けなければならない。
二一世紀を目前に控えた人類にとっては、その子孫のためにも、どう地球の傷の拡大を阻止し、どう回復させていくか一刻も早く地球的な論議の始まることを切望したい。
一九六〇年代から七〇年代にかけて、世界的に環境保護運動が広がっていったときに、こんな暗い終末論が繰り返し語られた。
「人口と消費の爆発的増加で資源は枯渇し、自然は荒廃して人間も生きていけなくなる」。
だがそれは、「いつか起きるに違いない」未来の話であった。
そして、こんな危機感も、いつの間にかすっかり薄らいだものになってしまっていた。
しかし、人口の増加も資源の浪費も自然の荒廃も、収まったどころか、ますます規模が大きくなり、速度を上げている。
各地を回っていると、大袈裟と思えたあの終末論が、地球のあちこちで現実のものになっているのを肌で感じる。
自然の荒廃が極みに達して、人間の生存を拒否し始めている地帯が次第に拡大しているのだ。
仮に、そのような地帯を「生態系の崩壊ベルト」と呼ぶなら、このベルト上のどこを歩いても、森林の破壊、砂漠化、水や薪の枯渇、災害の激増に苦しめられ、最終的には飢餓や災害によっていのちを失うか、もしくは住みなれた村を逃げ出して流浪の生活に身を落としてしまう地元民の姿を見ることができる。
ただ、発展途上国の辺地で日常的に起きている飢餓や災害は、よほど大きな被害にならない限り、私たちの目や耳に届くことはまずない。
このベルトで何か起きているのか。
この報告からスタートしたい。
地球儀を回転させながら、このベルトをなぞってみる。
その最大のものは、アフリカ大陸のサハラ砂漠の南側に連なる「サヘル地方」であろう。
西アフリカ沖の大西洋に浮かぶ島国のカボベルデから、モーリタユア、セネガル、マリ、ニジェール、チャドを通って、スーダンに至る乾燥地帯である。
そして、東アフリカのエチオピア、ソマリア、ケニア、タンザニアにかけての「東アフリカ高地」へとつながっていく。
アジア大陸に目を転じると、パキスタンからインド北西部を通過してバングラデシュに到る一帯。
さらに、インド北部からネパールのヒマラヤ山麓へと続く。
東南アジアでは、タイ北東部からマレーシア、インドネシアのボルネオ島、フィリピンへと弧状に伸びる。
中南米では、メキシコから中米を通り、カリブ海を経てコロンビア、ペルー、ボリビアなどのアンデス山脈の一帯である。
いずれも、慢性的な貧困ベルトであり、飢餓地帯であり、そして災害の多発に悩まされる一帯である。
このベルトをよく調べると、四つに大別することができる。
乾燥地帯サヘル地方がその典型だが、インド北西部のタール砂漠周辺、アンデス地方の太平洋岸も乾燥地帯である。
高地の山麓地帯エチオピアに代表される「東アフリカ高地」、それにヒマラヤ山麓、アンデス山中が該当する。
熱帯林地帯西アフリカのギュア湾沿い、東南アジア、アンデス山脈東側のアマゾン、カリブ海一帯など。
沿岸の湿地帯西アフリカ、バングラデシュ、タイヤマレーシアなどの東南アジア、カリブ海などの海岸ぎわのマングローブ林に代表される熱帯の海岸地帯。

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